やさぐれ小僧の徒然記

カナダ、トロント在住者の日々のよしなしごと。

Masterキートンをルーマニア人と読む

2007/02/21

ルーマニア人の友人にMASTERキートン18巻を検証してもらった(と言っても一緒に漫画を読んでみただけだが)。
以前、「ルーマニアに触れた漫画がある」と言った時に、この友人がいたく興味を抱いていたので日本語版を何とか探し出したのである(英語版は発行されていないことを確認済)。何故18巻なのかというと、主人公のキートンが憧れの地、ルーマニアに行く最終刊が18巻なのである。

P13の車の車種が殆ど同じに見えるところなどに感心していた(限られた車しか許可されていなかった共産圏時代の名残りで革命後も車種は数種類程度だったらしい)。
でもストリートチルドレンは綺麗に描きすぎている、全体的に男性の人物描写でルーマニアの人にしてはあごがとがりすぎ、女性キャラがマンガチックで表情が殆ど同じ、と鋭い指摘が。
ルーマニアはオーソドックスで祭壇などを表に出さないのが普通なので、p158の祭壇らしきものはちょっと不自然らしい(が、こういうところもあるかもしれない、とのこと)。
P204の新聞記事はiの発音記号みたいな表記が間違っているらしい。
「爆発と銃撃が多すぎる」との苦言も。この友人的には雷紋のプレートのデザインに納得がいかないらしい。ところでチャウシェスクの隠し財産がスイス銀行にあるというのは有名な話らしく、チャウシェスクの隠し財産の話のくだりをしたら「スイス銀行」と物語の結末前に答えられてしまった。まあヨーロッパで隠し財産と言えばスイス銀行ってなものなのかもしれないが。

絵だけをパラ見していったのだが(残念ながら日本語の漫画のフキダシを全部即時英訳できる才能は自分にはない)、建物とかの描写はかなりルーマニアっぽく及第点らしい。しかし日本においての『ドナウ』の発音がドイツ語よりなのは解せないらしい。
そしてルーマニアがヨーロッパ文明の源というアイデアに大ウケ。
全体的に「Good!」ととても楽しんでいた。
浦沢直樹、いい仕事してます。でも女性キャラがいつも同じなのはどうかと。

で、この後、またよもや話に突入し、60〜70年代のフランスと日本のポルノにかける情熱とポルノであっても物語性や叙情、スタイルを持たせる創作的類似性やら、結局、バーが閉店する2時くらいまで喋っていた。

いつも思うのだが、国籍を問わず、意外な話題を共有できる人に会えるのは幸運なのか、才能なのか?それとも目に見えぬ信号か?不思議なものである。
  1. 2007/02/24(土) 13:15:46|
  2. 漫画

Jesus Camp

2006/02/17

Jesus Campを観た。アカデミーのドキュメンタリー部門にノミネートされている作品だ。監督はトロントにも来ていたのだが、その時は限定公開でチケットを取り損なってしまったのである。で、DVDになっていたので、そっちでみた。

ドキュメントにしてはカメラワークがうまい。構図とかシーンつなぎとか妙にセンスがよくて驚く。ある意味、ドキュメントの生々しさがもっとあったら、もっと面白かったと思うのだが、綺麗な画としてまとまっているので、かなり唖然とする内容も割と平静にかつニュートラルな立場でみれる。

しかし、日本でもそうなのだが、宗教を利用して人間を操る輩は恐ろしい。しかし、その輩が正しい事をしていると信じ込んでいる場合、もっとタチが悪い。宗教は哲学だったが、すっかり政治の道具に成り変わってしまった。

大きな出来事もなく淡々とした映画なので、観ていると退屈&苦痛。しかも登場してくる人々のバカぶりに唖然。しかし、この映画を撮れているということは、彼・彼女達は正しい事をしていると思っているからで、そら恐ろしい。流石、ブッシュを再選した国のことだけはある、と妙なところで感心してしまった。

ある意味、非常にむなくそ悪い映画なので、大勢で突っ込みをいれて観た方がいいかも。しかし、その中にアメリカ人を加えない方がいいと思う。

続きはちょいネタばれあり。 【“Jesus Camp”の続きを読む】
  1. 2007/02/21(水) 14:18:08|
  2. Movie

粘土アニメ

2006/02/17

友人が作った粘土アニメーションをみせてもらった。初めて作ったらしいがうまくて驚き。デザイン関係者ならついリアルな動きを追求したり、コマ割りを計算したりしてしまうのだが、この友人(デザインや美術関係ではない)、『面倒臭いところは端折って結末も思いつき』という保育園児のようなセンスを持ってアニメを作っていて、その大胆さが新鮮だ。アニメの作り方も極めてシンプル。「そ、そんなん、ありかよ!」という職業的バックグラウンドを持たないが故の強さをみせつけられた感じだ。
いい加減なところでブラブラ作っているようでいて配色や動きが大胆なのだ。しかも結末が妙にシュール。数秒のアニメなのだが、結構度胆抜かれた。『完璧主義より、とにかく作品を作った方が勝ち』という姿勢を学んだ気もする。

Youtubeに投稿をすすめたら、まんざらでもなさそうだったのだが、URLをメールしてくれていないってことはまだポストしていないようだ。今度は一緒に長篇(と言っても数秒が十数秒になる程度)を作ろうという話になったのだが、この友人、忘れっぽいので(というか初めから憶えている事が少ない)今度会う時までその約束を憶えているかどうかは謎。
  1. 2007/02/21(水) 13:50:58|
  2. Art

snow lantern

2006/02/17

数日前に友人と「何故、トロントニアンは雪だるまやかまくらを作らないのであろうか?」という話題になって、思い立って公園でかまくらを作ってみる事に。しかし、パウダースノーすぎて雪が固まらない。なのでかまくら断念。代わりに雪灯籠をつくってみた。作ったのが昼だったのでライトアップするには時間がある。

マイナス15度で吹雪だしたので、一度帰って夜に出直してみた。20コ程あったうち、5つ程、既に壊されていた。で、雪が降る中、ライトアップ。風が強いので火をつける作業が一苦労。公園を通った人に声をかけて手伝ってもらったりなどもした(いきなり声をかけられて手伝ってくれるという人がいるのがトロントのすごいところ)。
なかなか綺麗だったと思うのだが、あまりの寒さにコーヒーを買いに行った間に壊されていた。わずか10分程度の雪灯籠だった。

どうも故意に壊されたらしい。ムカツクが、正直、そういう輩もいるだろうな、とは予想していたのだ。
通りがかりの人にはウケていたので良しとする。「素晴らしいアイデアだ」と賛辞してもらったりなどしてちょっと嬉しかったりもした。
「旧正月を祝っているのか?」と聞かれて、「ああ、その手があったか」、と。来年は旧正月の名を借りて更に友人の助けも借りてもっと人が驚くような雪像を作るというのも面白そうだ。ところで公園に雪灯籠を作っている怪し気なアジア人(自分)に臆する事なく話し掛けてくる人は結構いて、しかもフレンドリーだった。


P2170425_minimini.jpg

  1. 2007/02/21(水) 13:41:31|
  2. 未分類

busy days

2006/02/16

最近、仕事が忙しい。というかさしてクリエイティブな仕事ではないもので忙しいので虚しい。しかも残業続きだ。残業が当たり前の雰囲気になているのも解せない。
仕事があって一定収入があるのは有り難い事だが、そろそろ違う事にも目を向けた方がいいのは確かだ。
  1. 2007/02/21(水) 13:32:13|
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snow storm

13日にスノーストームがやって来て積雪が25cmくらいになったのだが、除雪作業が遅くて道路が雪まみれ。毎年、冬と雪が来る事がわかっているのに、何故準備をせんのだ、トロント!モントリオールなどの方が除雪作業は早いらしい。見習って欲しいものである。一応、歩道は積雪から12時間以内に雪掻きをしなければいけない決まりになっているが、公道は放ったらかしのところがある。車道の雪が全部バイクレーン(自転車道路)に寄せられてしまうのでむかつくのであった。車からしてみればこんな日に自転車に乗るなよ!と思うだろうが、自転車で15分で済む通勤路、TTC(トロントの公共交通機関)を使うと45分ほどかかるのである。歩けば30分くらいだ。歩いてもいいのだが、寒い日にあまり歩きたくない。という訳で選択肢は結局自転車になってしまうのである。
でも今日は雪が多かったのと自転車を置いてある小屋への道も雪掻きされておらず、自転車通勤断念。行きはTTC 、帰りは徒歩。写真を撮りながら帰ったりして結構楽しかったが、マイナス15度とかの中、30分歩くのはちと辛い。しかしTTCも日本のようにすぐ来る訳ではなく、寒空の下、30分程待たされる事があるので、やはりTTCは個人的にはかなり使うのを避けたい交通手段だ。
しかし、去年は自転車のブレーキがマイナス8度くらいで凍って困ったのに、今年はマイナス20度でも平気だ。多分、ブレーキオイルを塗ってもらったからだと思うが、ちょっとした事でこんなにも変わるものかとびっくりだ。プロの2分メンテナンスでこの厳冬を乗り切れそうだ。ああ、やはり職人ってのは素晴らしい。
  1. 2007/02/21(水) 13:31:23|
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2007/02/11

友人とあちこちの店で飲み食いをしつつ、雑談。で、「幽霊はいるのか」という話になって、「もしいるなら、世界が幽体でものすごく込合っている事になってしまうから、やはり生まれ変わりは必要なのではないか?」という話をしていた。その他、宗教話とか、哲学の話とか、もろもろの世間話をしていたのだが、この友人と喋っている時は英語が英語というより『友人語』で聞こえるのである。なので英語で会話する不自由さより、会話の楽しさの方が圧倒的に大きい。これはすごく有り難い。逆にいくら説明しても話が通じない相手もいる。話の通じる相手とだけ楽しくやっていればいいのだが、世の中、そういう訳にもいかない。しかし、話が通じない相手と何とかしようとするのは徒労だと思うのだが、どうなのであろうか?

ちなみにこの友人、英語が第一言語でないのに語彙は英語が母国語の人間より豊かな語学の才能の持ち主だ(数カ国語喋れるらしい)。ものすごく喋りがうまくかつ面白いので、いつかこの友人が喋っているのをこっそりビデオに撮ってあとで繋ぎあわせて映画にしたいくらいだ。もっともこの友人、自分でドキュメンタリーを撮る構想も持っているらしい(この友人が題材ではない)。この友人が何を撮るのか、ものすごく興味があるので、是非とも実現して欲しい。ちなみに映画とかテレビとかではなく映像として何か撮る、という感じのようだが。今月末からこの友人はカナダを離れるので、どんな体験を伝え聞かせてくれるのか楽しみなのと同時に、ちょっとおいてけぼり感と寂しさがあるのも事実だ。
  1. 2007/02/21(水) 13:29:40|
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2007/02/09

2007/01/30にシドニー・シェルダンが亡くなったらしい。シドニー・シェルダンと言えば、電車の中づり広告の超訳!という文と共にいつも怪し気なカバーが宣伝されていたので、実はずっと怪しい宗教まじりの怪しい小説なのかと思っていた。誤解とは恐ろしい。で、後に読んでみたらメロドラマ的ジェットコースターストーリーで、意外と面白かった。読後、何も残らないので、『浅はかなペーパーバックの見本』のように言う人もいるのだが、人間関係が複雑だったりサスペンス仕立てであったり、読んでいる間は飽きない。英語が難しくないので、英語の本を読んでみたいという人にはオススメかも。

実はこの死亡記事を見るまでシドニー・シェルダンは女性なのだと思い込んでいた。しかし、じっさいは享年89才の男性。
何でも彼は10才の時に自分のポエムを$10ドルで売っていたらしい。その当時の$10はかなり高額だったはず。
彼は映画、シアター、テレビの脚本(オスカーも受賞しているらしい)、そして小説と書く作業を延々と続け1982年の時点(64才)でさえ「読者をがっかりさせない為にも書き続ける」とコメントとしている。

ちなみに彼の小説は、女性が男性の為に翻弄される(というかとんでもない目にあう)というのが定番なのである。描写的にも内容的にも女性的なのだ。くだらな面白い小説なのだが、これを老年の男性が書いていたかと思うと「してやられた!」という感じだ。このしてやられた感がちょっとイカすので、シドニー・シェルダンとまではいかなくても、日常的に「やられた!」とポジティブな驚きを提供されたり提供できたらいい気がする。ボチボチ目指してみるかな、と。
  1. 2007/02/12(月) 13:40:02|
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monochrom invites you to be buried alive

2007/02/07

"monochrom invites you to be buried alive"というアートイベントに行って来た。早い話が人を生きたまま棺桶に入れて埋めてしまう、というものだ。死の疑似体験として捉えてもいいし、特に特定のテーマはないようだが、サンフランシスコやバンクーバー、オーストラリアでも行ったらしい。カメラを設置して中の人が大丈夫かどうか確認していて今のところ事故などはないそうだ(カメラを設置せずに行った時もあるらしいが)。このカメラの写し出す映像は隣に置かれたモニターに写し出される。殆どの場合、初めの30秒でパニックや異常を訴えない場合は15分をそのまま問題なく乗り切れるそうな(埋められる時間は5〜15分。この程度だと息苦しくはならないらしい)。会場についたのが遅かったので『埋められリスト』には登録できず。

ただ、このアート、室内で行われていたせいもあって、臨場感がなく、結構タルかった。しかし、一緒にいった友人が世界の埋葬と宗教に詳しく、キリスト教における思想や、国ごとの埋葬の仕方を説明してくれたので、アートよりその説明の方が数倍面白かった。とは言え、このイベントを主催したアーティストはこのイベントについて丁寧に説明していて、テーマがテーマだけに冒涜と受取る人、イベントの危険性(平書恐怖症や心臓発作など)を指摘されたり、屋外でイベントを行った時は機材を盗まれたりといろいろ苦労があるようだ。友人とこのアーティストが、熱っぽく語りあっていて、その会話を録画した方が面白い作品になるような気もした。今度、機会があったらこっそり録画してみよう。

イベント的には物足りなかったが、イベントに足を運んでプラプラするのは楽しかったのでヨシとする。誘ってくれた友人に感謝。
  1. 2007/02/12(月) 13:34:03|
  2. Event

locked

2007/02/07

友人と一緒にミシサガ(トロントのベッドタウンのような街。でも結構いいところだ)のギャラリーで行われるアートショーを見にいくことになり、待ち合わせしたら、何と、オフィスビルディングのドアが開かず、外に出られない。このビルは6時以降は自動的にロックされ、ドア脇にあるボタンを押してドアを開く事になっているのだが、押してもドアが動かない。待ち合わせ時間を過ぎてしまい、仕方なくオフイスに戻り、友人の携帯電話に連絡。すると、今、ビルの1階にいてドアが開いているというではないか。そのままドアを開けておいてくれと頼み、無事、脱出。友人によると誰かがビル内に入った時に入って、偶然ドアを開けたままの時に自分からの電話を受取ったらしい。一応、ビルの管理会社の緊急用電話にメッセージを残したのだが、修理した旨のコールバックがあったのは夜中。あのまま閉じ込められていたらと思うとぞっとする。

こういうトラブル、こっちではものすごく多いのだが(エレベーターもエスカレーターも動いていない確率が高い)、もちろん、対応は遅いので結構危険。ちなみにこのビル、火災報知器をセットするのに2年くらいかかっていた。設置の為に技術者がオフィスに入る云々の告知が来て、始動テストでベルを鳴らすまでに2年。そういえば、モントリオールがモントリオール・オリンピック(1976年)の際の借金をやっと返済し追えたとニュースで読んだ。そう言えばオリンピックスタジアムが出来たのもオリンピックから14年後と聞いたことがあるような。

のんびりしていると言えば聞こえはいいのだが、オフィスビルに閉じ込められると言うのは正直、洒落にならない。何とかしてもらいたいもんである。
  1. 2007/02/12(月) 13:32:52|
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2007/02/05

遠方の友人がトロントのギャラリーに来るということでランチタイムに会いに行った。せっかくいいギャラリーでいい展示なのに入っているのがオフィス複合ビルのせいか、殆どの人はギャラリーの存在に気付かない。自分も探すのに苦労した。
アート展のwinnerを集めた作品展なので、その友人の作品だけでなくいろいろな作品があり面白いのだが、来場者と会話を交わすということは殆どないらしい(入場者が少ないので)。勿体ない。

で、シンボルとか漢字の話で盛り上がり、paintingにいれるシンボルを一緒に考えることになった。初めはその友人は漢字を入れる事を考えていた様だが、「アジア人でもないのに漢字を使うのは邪道」(←どこまでも横柄な日本人)と言ったら、「漢字というより文化の多様性を表現するような何かをいれたい」というので、「漢字ではなくシンボルとか記号とかでどうだ?」という話になって、一緒に考える事になった。理想的には『記号や文字のようでいて意味を持っているがそこはかとないもの』を考案することだ。そんなものができるかどうかは別としてこうやって人とやりとりして作品を仕上げて行くという友人の姿勢に感心すると共に、周囲に自分のアイデアをふって任せると言う大胆さと人への信頼感のようなものもすごい。

刺激的な存在の友人と言うのは有り難い。反面、この友人への才能への嫉妬もあるのだが。しかし例えこの友人と同じ才能を持っていても100% activateできないので、自分は自分の持っているものを活かすように頑張っていくしかない。
  1. 2007/02/12(月) 13:31:40|
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THE U. S. VS. LENNON

2007/02/04

THE U. S. VS. LENNON
を見て来た。ジョン・レノンが政治的に米国(ニクソン)からどれだけ疎まれ、人々にどれだけ影響したかを検証するようなドキュメンタリーっぽい映画になっていた。60年代、70年代にジョンに関わった人達のコメントが主で、オノ・ヨーコのコメントも含まれている。

時代の寵児となった感があったビートルズではあるものの、それでも英国ではワーキングクラス出身者の発言は意味を持たないもののように扱われ、米国より遥かに階級的なメディアコントロールが英国には存在していた当時、ジョンにとってニューヨークは新天地であり、自由の場であった事が窺える。
ジョンを危険にさらしたのは米国と言えるのだが、自由にかつもっと大きく活動できたのはジョンがニューヨークにいることが出来たからだというのも否めない。

最後のコメントでオノヨーコがThey wanted to kill him, but they couldn't. His message is still alive. みたいな事を言っていて、Theyと複数形を使っていたのが印象的だった。

ドキュメンタリーとしては物足りないし、ちょっとしたテレビ番組の特集っぽい作りなのだが、普通のちょっと神経質な青年が中年になり、突出したアイデアと才能以外はかなり感受性の高い壊れやすそうな一面がシーンの端々に見えて、彼を支えたオノヨーコがすごいのか彼を支える事ができるであろうオノヨーコを探し当てたジョンがすごいのか、ちょっと不思議な気分になった。悲しい事にこの映画の結末を誰もが知っていて、年代がどんどんその年に近付いていくにあたって重苦しい気分になる。

映画で当たり前のようにビートルズやジョンの歌がかかっているのだが、今も尚、褪せることない曲と詞のメッセージ性には改めて敬服。
  1. 2007/02/06(火) 13:14:02|
  2. Movie

体調絶不調

2007/02/1-3

体調絶不調。下痢と吐き気が連日続き、頭痛が直らん。
もうケツ切れます、ってな位にトイレ通いをしていたのだが、食事がまともに出来てないので(食欲がない訳ではなく、単に食べたら下痢として出る←汚いな、オイ)辛かった。辛かったと過去形にしているが、まだお尻がヒリヒリする感じである。

しかし、寝たきりになるとどうしようもないので、何を思ったかマイナス15度、EXTREME COLD ALERTが出ているのに写真を撮りに夜中の公園にでかけたりなんぞして。体感温度はマイナス28度と出ていたが吹きさらしで障害物が殆どない公園は明らかにマイナス28度より寒い気が。風が吹きすさぶ中、凍った照り返しを受ける公園を撮影したかったのだが、寒くてそれどころじゃない。強風でもう手の感覚がない。寒すぎてファインダー覗いても視界がきかない。という訳で草々に退散。しかし、カメラ、よく凍らないものだ。以前、持っていたコンパクトカメラはマイナス7度辺りででレンズが固まってしまい、収納できなくなったことがある。その点、一眼レフ(デジタル)は普通に動いていて立派だ。デジタルとはいえ、夜景なので思いきりマニュアルで撮っていたのだが、三脚は飛ばされそうになるは、耳はちぎれそうだはで、マジで極寒。いやあ、こんな日に撮影をしようなんて思うヤツはあほですな。

で、出来上がった写真をみても特にぐっと来るものがなかった。ちぇっ。辛い中を頑張ってみてもいい写真は撮れない、ってことで。
  1. 2007/02/06(火) 13:11:11|
  2. 未分類

Drawing Restraint 9

2007/01/31

Drawing Restraint 9を見て来た。ちなみに日本語タイトルは『拘束のドローイング9』。日本では既に公開されているらしきこの映画、ここトロントでは一般公開はされておらず、今日の上映はImage festivalの一環で一夜だけの上映。7時開始なので6時20分程度に行ったら、ものすごい列が。チケットを既に持っている人の列とチケットを購入する人の列が各々東西に伸びている。軽く見てどちらも数百人。しかし会場の映画館はそれほど大きくないのでチケットに並んでいる人の大半は涙を飲むことになったと思われ。気温はマイナス15度。

この列の中に友達の友達や、友達やらが結構いた。しかし、友達の為に席を確保するなどということは到底できない状態で、「じゃ、また後で」と言うものの、映画館の中で再び会うのは至難の技。

で、映画なのであるが、「なげえよ!もう終わってくれや」というところで同じような映像が繰り返し出て来るので、正直、拷問状態。『西洋人のみたい日本を映像にしてみた』ってな感じも日本で育った人間にはかなりギャグ。何回か噴き出しそうになったのだが、当然、映画館の大半は非日本人で「それ、おかしいやん!」ってなところでも突っ込み的笑いも起こらず、「へ?」ってなところで笑う人がいて、謎。

変な映画だったが、長過ぎる。ついでに畳の端は踏んではイカン。

bjorkはDancer in the darkの後、映画は自分の生活や精神に影響を及ぼし過ぎるのでもう女優はよす、みたいなことを言っていた気がする。
ってことは、これはそんなに影響を及ぼさないモノと判断したってことなんだろうか?
まあ、パートナーであるbarney と絡んでいるので、映画と言うより『パートナーのやってるものに参加してみた』的ノリなのかもしれない。

映像的実験映画としては面白いのかもしれないが、日本人的には西洋人の思うところの日本の描き方に結構辟易とする。それが映像作家でもアーティストでも、「またやっちゃいましたか」的感覚が否めないのだ。

かといってつまらない訳ではない。結構、面白い。
「アホなん?」、ってことも芸術として押し切れば案外どうとでもいけるという感じもよい。いやよくはないが、それはそれで潔くてよい。
いや、監督はどうとでもいけるとは思っておらず、多分、綿密に映像を構成したのだと思うが、この映画の日本人的正しい見方としてはやはり、突っ込みを適宜いれたい。日本文化で育った一人として。

続きは脱線事項。 【“Drawing Restraint 9”の続きを読む】
  1. 2007/02/04(日) 15:15:45|
  2. Movie